ありのままにお疲れ様です〜!
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※この記事はありのママの体験をもとに書いています。医療的判断は、主治医にご相談ください🙇♀️
今までの経緯
2023年7月 大好きな母を卵巣がんで亡くす
2023年10月 遺伝子検査をして、HBOC(BRCA1)
と判明
2024年9月 ・リスク低減乳房切除術
・お腹の自家組織による乳房再建手術
・リスク低減卵巣卵管切除術
2024年9月 胸の傷の修正手術
2024年9月〜 更年期に寄り添う暮らし
私は2024年9月にがん未発症で、
・リスク低減乳房切除術(乳房再建も同時)
・リスク低減卵巣卵管切除術
を受けました。
私のお母さんの続きです。
母は、卵巣がんと分かってから教員の仕事をやめ、治療に専念し、
手術や、抗がん剤を受けていました。
沢山辛いこともあるはずなのに、実家に帰ると、明るくいつもの笑顔で
「おかえり」
と出迎えてくれたのを思い出します。
そして知ったHBOC
母がHBOCであると知ったのは、がんの薬の治験を受けるために遺伝子検査を受けたときです。
その時、初めて母がHBOCであるということを知りました。
その後、母の病院の遺伝の先生から、父や姉や私が呼ばれ、子供たちにも遺伝している可能性があるということを伝えられました。
ここで初めて私はHBOCという言葉を聞きます。
当時は、へーーーぐらいにしか思っておらず、いつか遺伝子検査を受ければいいかな?ぐらいしか思っていませんでした・・・。
50%の確率で遺伝すると聞いて、根拠のない理由でなぜか私は遺伝しないだろうとも思っていました・・・😅
まさか自分がHBOCだとは・・・。
そして母のことで今思うと、色々繋がるのですが母は50歳ぐらいの時に乳がんをしています。
健康診断か何かで見つかり、ステージ0で手術だけで終わりました。
あとの祭りですが、その乳がんの時にHBOCと分かっていたら・・・
卵巣・卵管の予防切除していたら・・・・
今も母がいたのかな?なんて思ったりもします。
母との別れ
2023年に母との別れが当然やってきます。
母の卵巣がんは抗がん剤が効いてよくなっていましたが、ある時、再発が見つかりました。
再発後も、抗がん剤を受けていましたがだんだんその抗がん剤が効かなくなってきました。
抗がん剤が効かなくなると、みるみるうちにお腹にがんが広がり、食欲が落ち、動ける時間が少なくなり、ベッドの上にいる時間が長くなりました。
顔や首は細くなり、でもお腹はがんでパンパンになり、足はむくんでいました。
2023.7月下旬。
「母が危ない」
と姉から電話がありました。
テレビ電話を繋げてくれて母を見ると、白目を向いて、口で呼吸する母が写っていました。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁあああああああぁああぁぁああああああああああああああああぁあああああああああああ
私は泣き叫び、すぐにタクシーで駆けつけました。
着くと母は苦しそうに寝ていました。
今でも覚えているのは、そんな苦しそうな母が私がいくと右手を差し出して握り返してくれました。
その手は力がこもっていて、何かを訴えていました。
あなたは生きなさい
と訴えてるように思えました。
これが母が最後に伝えたかったメッセージに思えています。
そして、母は64歳で亡くなりました。
がんの恐ろしさ
がんの憎さ
がんは大好きな人を私から奪っていくんだ
と母をまじかで見て思い、
まだまだお母さんと一緒にいたい
私からお母さんを奪わないで
と何度も何度も泣きながら思いました。
こんな辛くて悲しい経験は、もう誰にもして欲しくない・・・。
そう心に誓いました。

ありのままに続きます。

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